「イスラム国」はイスラムの事象としていてわかるのか?
2015-01-22


「イスラム国」が日本人2名を拘束して身代金を要求していることが明らかになって、イスラム世界に詳しい識者によってさまざまに解説がなされている。結果がどうなるにせよ、イスラム世界を知ることは重要であるし、人質解放に向けてあらゆる努力がなされるべきであろう。
 日本人がイスラム世界のことをあまりに知らなさすぎることを認識させられたのは今回が初めてではない。石油危機のときにも中東の石油国との関係が重要であるといわれたし、とくにいわゆる湾岸戦争・イラク戦争のときにはイスラム世界の理解なしに日本人が関わることの問題が指摘された。
 かつての日本人にとってはイスラムにコーランがあることは知っていても内容は知らず、アラビアンナイトの世界であろうというぐらいの認識で、いわゆる中近東地域は政治的には戦後イスラエルとパレスチナが戦争している地域、経済的には石油を購入している地域であるといった程度の理解であり、イスラム世界を知る必要性はあまり感じてこなかった。上述した事件との関わりなどを通じてイスラムを知るべきだという議論が起こり、イスラム世界に詳しい人々の解説を聞くようになった。しかし、イスラム世界は日本人にとっては別世界であり、歴史的にも地域的にも複雑なので、すっきりした理解は困難であった。事件が起こったときにその場限りの解説を聞いても、暫くすればまた理解不能なことが起こることが繰り返された。識者からは日本人はイスラム世界を本当には理解していないといわれ続けてきた。
 しかし、イスラムを理解した上で「イスラム国」を理解しようとするのが、間違っているとはいわないが、その道筋だけが理解の方法であろうか。むしろ日本人としては日本や東アジアの、我々がよく知っている歴史との比較で見ると理解しやすいのではなかろうか。
 イスラム教が発明されて以来、アフリカの地中海沿岸から中央アジアにかけてイスラム世界が広がり、そこに多くのイスラム教の国の興亡の歴史があるが、それは中国でいえば周が興った後に分裂し、春秋戦国の時代に多くの国々の興亡の歴史が続いたようなものであろう。あるいは日本の律令国家が弱体化し、鎌倉幕府時代を経て戦国時代に多くの領主主権の興亡史が続いたようなものであるともみなせる。ヨーロッパでも中世からルネサンス期にかけては各地の領主主権が競い合った時代であった。共通しているのは、これらの国は現代のいわゆる近代国家とは異なるということである。
 近代国家は国境を設定し、国民を創成し、富国強兵を国是とする。しかしこれらの国々は有力な武装集団が自らの支配地域を拡大して権力を樹立する動機で行動しており、支配した人民を奴隷と見なすことはあっても国民とは見なさない。わが国でも支配された側が被差別部落民となったとする説もある。国の境も実効支配に意味があって流動的である。力があれば拡大し弱体化すれば縮小して支配地を維持するだけのことである。国が富むよりは支配者が富むのが先である。
 イスラム世界では最近までそのような世界であったから、現在近代国家のような姿を整えている国も先代の時代に有力であった部族長が武力で支配地を広げ国王や大統領になっているだけのことである。従って国の中に現在でもある程度の力を持った部族長たちが残っており、あるいはしばしばクーデターで支配者が交代するのは、そのような世界観の時代が続いているからである。「イスラム国」もまた、すこし歴史に遅れて来た、そのような武装勢力である。成功すれば近隣の国と同様な国を作るかも知れないし、近隣の国をも支配して拡大するかも知れない。欧米中心の戦後世界秩序を守れとか、力で国境をかえるなといった理屈は彼らには通用しない。かつてはイスラム世界以外の地域でも存在した世界と同じようなことが現在のイスラム世界では起こっていることなのだと分かれば「イスラム国」も理解できるのではないか。
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